2013/09/18

お時給泥棒中

以前のさいはてよりはましとはいえ、東京23区を西から東につきぬける通勤
になって、先月の無職期には毎日2回見ていたNHK朝の連ドラ「あまちゃん」を
一番放送の早いBSで見て、「saku saku」 は見ずに家を出て、なんとか日々出勤。
でも、もう2週間経過してるのに、まだ学習中で、まともに仕事してないんだよー。
少々心苦しいので、毎日定時でそそくさと退社している。
たとえ仕事の段取りとかがわかってきたとしても、横で見てる感じでは、
全体の仕事量がそんなに多くないので、私にやることあるのだろうか疑問だわー。
プロジェクト自体があと半年ちょっとで終了するのに、なんでもう一人(私)
入れたりしたんだろう?
でも期間限定で、もともと何も期待していなかったせいか、そこまでストレスは
感じてないかも。

ところで、病気について別ブログを作って書いていこうと思ったら、
なーんか新しいブログが作れない。
よく調べてみたら、私の入ってるコース(有料だけど安いほう)だと3つまでしか
ブログを作れないことが判明。
記事数の一番少なかった「毎日DVD」を本ブログに統合して、
病気ブログを作ることにした。
とりあえず統合は完了。エントリ4つしかなかったからなー。
統合記念に、初めてAmazonで買ったアニメDVDの感想でも書こうかなー。
では、病気ブログができたらまたお知らせします。

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2013/08/28

夏休みそろそろ終了

来月(=来週)からとりあえずの仕事が決まった。
通勤はけっこう遠い。海のほう。
先週、会社「見学」に行って聞いた話によると、
ほぼ定型で今年度いっぱいで終息の、期間限定のお仕事。
そんな内容なので、時給もそんなに高くないんじゃないかなー
と思ったのだが、派遣会社の営業さんががんばって交渉してくれた
みたいで、7月までやってた仕事より高い時給に決定。感謝。

前の仕事の終了後1ヶ月という最短記録で次の仕事に就くことができた。
前の仕事は、その前の仕事が終了してから3ヶ月決まらなかったんだから、
世間では去年よりは今年のほうが景気がよくなってるのだろうか。
いや、前の仕事探しのときは同じ派遣会社でしか探してなかったからかも。
今回は、ちょっと残っていた有給休暇を捨てて、別の派遣会社にお世話に
なることにした。

ところで、8月のメインイベントとして、手術後1年の節目検診というか、
いろいろな検査をしたのだが、血液検査と肺のX線以外の画像診断系検査で
びみょーな所見が出てて、現在、むちゃくちゃモヤモヤした気分。
体調は問題ないので、一旦忘れて仕事開始に集中しないといけないのだが
なかなか切り替えられん。

時系列にならべると
検査→会社見学→就業決定→検査結果わかる
って感じ。
去年の病気発覚時も、「仕事終了の駆け込みで受けた健康診断で要精検だったのを
放置してて、仕事決まった時点であわてて精密検査受けたらクロだった」
という経緯で、仕事が始まってすぐ休んだり早退したりしながら検査受けたり
していたから、私らしいタイミングなんだろうけど。

今後、病気のほうは、ブログを分けて、昨年あったことから地道に書いていく予定。

病気のあれこれもあるけど、仕事も始まる前からすでに何の期待もしてない内容
なので、余計浮かない気分なんだなー。
外に出てほどよく日光浴びて来よう。

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2013/03/26

いろいろひどかった2012年度をふりかえる

10ヶ月くらい前の、なんだかすごくネガティブなエントリで
更新を止めてしまっていた。
見に来てくださった方には大変申し訳ありませんでした。

今年度も今週で終わりなのでふりかえってみようと思う。

2012年3月いっぱいで雇い止め→次の仕事が決まらない
という、最悪の始まり方をした今年度。
3月終わりごろ、駆け込みで受けた健康診断で要精密検査に
なったことは、前回のエントリにも書いた。
3月終わりに健診受けて4月はじめに連絡があり、
精密検査のための紹介状と問題の撮影フィルムを受け取ったのだが、
ちょうど健康保険を任意継続に切り替えている最中だったし、
3割負担でも検査ってけっこーお金かかるよねーと
いろいろぐずぐずしていて、2ヶ月以上精密検査に行かなかった。

1ヶ月くらいで決まると思っていた次の仕事が決まらず、期限が過ぎて
有給休暇も消えたので、離職票をもらって失業給付もらって
さらに会社都合雇い止めだったので、国民健康保険だと
保険料がずごく安くなることがわかり、派遣けんぽの任意継続から
国民健康保険にきりかえたりした。

6月になってから紹介されたお仕事がなぜか顔合わせまで行き、
7月から仕事開始が決まってしまった(ぉぃ)ので、
6月最終週にあわてて再検査してくれる医院(産婦人科だけど乳腺も専門)に
予約もなしで行った。
さらに検査が続くことになり、7月から仕事が始まったにも
かかわらず、休んだり早退したりしながら検査の日々。

最初に精密検査したときの反応で察しはついたんだけど、
乳がんなので手術しましょうねーということになり、
大学病院に紹介してもらって、派遣先のお盆休み明けに入院し、
8月22日に手術。

せっかく決まった新しい仕事だけど、もうクビだなぁ、と思っていたが、
入院から療養で1ヶ月ほどお休みをもらって復帰するまで待ってもらえた。

病理診断の結果、幸い転移もなくて抗がん剤治療はしなくてもよかったが
10月からは仕事しながら週5日放射線治療に通うこと30回。
終わったときには11月も末になっていた。

今は、再発予防の治療として、3ヶ月に1回の皮下注射と飲み薬の
ホルモン療法を受けている。注射は2年、飲み薬は5年の予定。
簡単に説明すると「女性ホルモン出なくする治療」である。
今、体の中は完全に更年期状態。

治療に関してはいろいろ細かい事件が起きた。
さあ放射線治療はじめるわよー!と放射線科の診察受けたら、
なぜかファイバースコープで鼻の奥を見られたり。
詳細はあとで書くことにしよう。

そして12月。
手術以降、大きく体調を崩すこともなく、放射線治療も終わって
これでフルに働けるぞ!と思っていたのだが....
あれ?なんか仕事があんまりない。
今まで「治療に通ってるからこんなもんか」と思っていた給料が
フル稼働になってもあんまり変わらない.....
内容もなんか、以前「さいはて」で働いていたときに
「これだけはやりたくない」と思っていた仕事が多いわー
打ち合わせもなく、言われた仕事(作業)をただやるだけ...

ぶっちゃけ、収入激減なのだ。
1年前クビにしてくれた呪わしい前派遣先に比べると
時給が240円安く、定時は15分短く、
時間外は月30h→多くて5hくらい?に激減
(しかも1日8時間までは割増なし)
ということで手取り月収10万円以上減。

入院前とか放射線治療中は
「働かせてもらえるだけでありがたい」
と思っていたのに、現金すぎるかなー。
でも、治療にもお金かかるんだよ.....

あー、もうちょっと時給高いかたくさん働ける仕事にかわりたい!
激動の2012年度の終わりに、まさかこんな気分になろうとは。

一応深刻な病気がわかって、手術したんだから
生き方を考え直したりとか、成長してもよさそうなんだけど
むしろ退化した気がする。

気分は以前とかわらずネガティブだし、体も思ったより元気なので、
あんまりかわってないってことでもある。
このブログで病気のことをはじめて知った方も、ご心配なく!

病気に関しては少しずつ詳しく書いていく予定。


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2012/05/14

消滅寸前

約1ヶ月半経ったけれどまだ仕事が見つかっていない。
明日あたり、3年かけて多少はたまっていた有給休暇も全部消える。
これで、前のお仕事の派遣元だけで仕事を探すこともなくなった。
その派遣会社は5月に入り「今はもう案内できる仕事がない」と。
なのに、雇用保険被保険者証だけ送ってきて離職票くれないのはなぜ?
請求して、離職票もらわないといかんのだが、(世間の)連休明けから
何もしたくない症状が悪化。
というか、何をしたらいいのかよくわからないし、何かしたいこともないんだよねー。
会いましょうって言ってた人からも連絡ないのだが
こちとら何もないので連絡するきっかけがなく、連絡しにくい。
やばい、社会的に死んでる。

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2012/04/06

無職カウントアップ

無職も6日目になりました。

次の仕事はまだみつかってない。
有給休暇がおしいので、とりあえず同じ派遣会社のみで探して
いるところ。
先月応募してみた仕事は、
「他の人で進めています」という門前払いをくらったのだが、
その後1ヶ月ウォッチしてみたら今もまだ募集中。
つまりなんか、差別になるからおおっぴらには書けないけど、
企業側から言われてる条件があって、私はそれにひっかかってる
んだと思う。
同じ企業らしき案件はいくつもあって、私に合ってそうな案件って
そこくらいしかなかったので、今週もうひとつ受けてみたら、
また同じ理由で門前払い。
その仕事も1か月前からずっと募集中なんだよね....
絶対別の理由だよね....

あ、そのどこだかわからない企業にこだわってるわけじゃなくて、
別の仕事にも応募しているよ!

派遣会社からおすすめされたお仕事も二つあったけど、
「社内」「運用管理」「Windows・Linuxのサーバー」で共通。
先月までやってた仕事を見てもってきてくれるからしかたないんだけど
前と同じような仕事はできるかぎりやりたくない....
うそっぽい理由で門前払いする担当者もいる中、仕事を紹介してくれるだけで
ありがたいとは思うのだが、長期やる仕事内容については慎重にならざるを
得ない。
もうちょっとがんばろう。


ところで、今までは無職になると何も考えずに国民健康保険に入ってたけど
健康保険に関しては、今まで入ってた健保組合の任意継続にしたほうが安いことが
わかったので任意継続にするつもり。
すぐには仕事決まらなさそうだし。

派遣会社からは、準備よく仕事終了1週間前くらいに
「終わったらとっとと保険証を返送してね」と返送用封筒まで送ってきたので、
とりあえず返送。
そしたら保険証のないそのタイミングで、
ぎりぎり最終週で受けた健康診断の再検査のお知らせがきたよー。
しかも直接電話で!重病だったらどうしようどうしよう。
でも保険証がないからすぐには再検査受けられないよ....
と、一時その不安のストレスで体調崩しそうなくらい動揺したけど、
気をとりなおしたところ。

まあ、とりあえず家あるし、食べ物もあるし、テレビ見たりブログ書いたり
できてるから、仕事してない以外はいつもの生活。
ただし、1週間後の状況がわからないので、薄く不安の層がある日常
を過ごしているかんじ。

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2011/04/10

そうなるように努力する

茨城県の沿岸には原子力関連の施設がいくつかあり、
私たち家族も、水戸の祖父母の家に行くときは、大洗の
動燃大洗工学センター(当時)の横を通ってたりしたので、
原子力はわりと身近にあるものだった。
ちなみに、旧動燃の正しい名称は
動力炉核燃料開発事業団。
「原子力」じゃなくて「核」。
大洗の国道バイパス通るとき毎回見てたので、
「つまり、核燃料あるんだよねーここに」
と、中学くらいで思っていたなー。

郷里を離れて東京に出てきた後、東海村で臨界事故が起こり、
事故のあらましがわかってきたとき、
まずは「バ、バケツで?」と思ったが、一方で
もっともっとひどい事故が起きたら、私たちも郷里を
捨てざるを得ないのかもしれない、とうっすら考えた。
同じ県内で放射性物質があんなテキトーに扱われていると
わかったし。

今回の震災で事故おこりまくりの、福島の原発近隣の人が
避難するときに
「安全だと言ってたから原発たてたのに」
と言ってた気持ちはよくわかる。
でもこうも思う。
どんなに対策とってても、原子炉の中には危険なものが
がっつり入ってるんだから、絶対安全はありえない。
でなきゃ、東京電力なのに東京から離れたところに
原発建てないよ。
地元の人はそういうことも全部わかってて、万が一のときでも、
東電や国が被害を最小限におさえてくれると思ってたから、
ダメダメ対応に絶望したんだろうとは思うけど。

東京に住んで働いている私は、危ないよね、安全なわけないよね、
しかもその不安を遠いところに背負わせてるんだよね、と思いながら
電力を消費していたつもりだった。
だから福島原発地元の人たちは、東京電力と同様に私たちを非難して
もらって全然かまわない。
あくまで、原発で被害を蒙っている福島の人は。

でも、福島の人になったつもりの人のあれこれ言うのは
なんか全然響かないよ。
言うのは自由だけどねー

原発は危なそうなところから止めていけばいいと思うぞ。
ただし代替の電力を確保しながら。
しかも、原発は止めてもその後片付けるのに時間がかかる
し、お金もかかるから、計画立ててやっていかなければ。
少なくとも、今後原発続けていくというなら反対するよ。
これが私の意見。
そうなるように努力する。
それだけ。

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発電所について私が知りたいこと

計画停電がなくなったのは、地震で止まってた郷里鹿島の
火力発電所が次々復活したことも大きいと思うのだが、
そんなことは誰も言わない。
東京電力の火力発電所よりだいぶ早く、3月25日には、
同じ臨海工業地帯にある住友金属の工場用の火力発電所が
復活して、発電した分全部東電に送ってるんだけど、
そういうニュースもぐぐらないと見つからない。

原発、原発、原発、そればっか。
電気がないと仕事にならない私らは、まずはこれからの
電力供給状況を知りたいんだが。

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大地震後、そのあと

春分の日を含む3連休の真ん中の1日に実家に帰ってみた。

現地に向かうとき、姉と同じ便の高速バスに乗れたので、
「なんか料理いっぱい作ってるっぽいよ。」
「まだ余震もひどいって言ってるから、まさか天ぷらとかは
揚げてないよねー」
「まさか揚げ物はしないでしょー」
と話していたのに、実家に着いたら玄関先で油のにおいが。
天ぷら山盛り揚げていたよ。
母の危機意識がよくわからない。
そのほかにも、米を7カップも炊いてちらし寿司作ってたし、
完全にいつもの「お彼岸」のノリであった。

実家から歩いて5分の鹿島神宮の大きな鳥居が崩れて
すっかり片付けられた跡とか、ばらんばらんになった石の灯篭が、
江戸時代とかけっこう古いものだったりとか、鹿島神宮の中の
被災状況の写真は撮ってきたけど、
津波の跡だったり、電柱がナナメになってたり、液状化の跡やら
道路の舗装がめくれてたりしてたのは、「被災地観光」みたいで
撮れなかったなあ。
実家があるのは縄文時代から人が住んでる台地の上なので、
津波の被害はなかったのだが、台地の下は、
鹿島港が内陸掘り込み式の港であることがたたって、
海の見えない奥のほうまで津波が来たそうだ。
高速バスが下道に下りたあと、その津波被害の一部を
垣間見た。
港のそばに置いてあったはずの貨物コンテナが、
流されて田んぼの中の水路に斜めにささっているのが見えた。
ちなみに台地の下でも、昔から集落があった場所は
液状化の被害が比較的少なかったそうだ。
新しく宅地化したところは、浦安のような埋立地ではなかった
ものの、もとは田んぼや湿地だったわけだからねー。
台地の上でも、ブロック塀が崩れたり、屋根の瓦が落ちたり
ずれたりしたところは多かった。
お彼岸だったので、お墓参りも行った。
墓石はのきなみ倒れたりずれたりしてたそうだが、
お彼岸前に皆とりあえず元に戻したらしく、土がついちゃってる
お墓とかもあった。付属品の灯篭とかは倒れたり壊れたまま
のお墓が多かった。これから石屋さん大もうけだろうなあ。
ちなみに7年前に死んだ父の墓にはまだ墓石を建ててない
ので、うちの墓は被害ゼロ。貧乏でよかった(笑)

仕事のほうは特に変化なし。
つか、
これがこの会社クオリティだよね、もともと
というレベルのまま。
「せっかく作ったBCPも、何の役にもたたない」ということは
よーくわかった。
データセンターが大災害で破損することは想定してても、
停電するかもしれないなんて想定してなかったからね。
えらい人たちは、大停電になったらもうどうしようもないから
何もしないみたいなことを言い出している。
実際作業する私らは、
停電したらデータセンターに自転車でかけつけるかねー
とか、
ITのためのITじゃない対応策」を検討したりした。
想定できる状況を洗い出して、出来る範囲の対策は考えるでしょ、
エンジニアならば。コンサルタントはどうか知らんけど。

それから、いち早く被災地支援活動を言い出して会社に文句つけられた
同じ派遣会社の同僚が、会社を去ることになった。
業務終了してすぐボランティアに行って来るんだって。
さすがの行動力だ。
私は上にも書いた夏のサーバたちが心配ではあるので、
夏に何が起こるか見届けようかなぁ、と思う。


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2011/03/17

大地震後まとめその3 金返せ

大地震発生後の個人的まとめ その2 の続き

火曜日。
通常の7割運行なのに、正直いつもの中央線→山手線よりスムーズ!
前日遅刻したのでもっと早めに出たら、到着早すぎた。
月曜日に出勤不可だった人もやってきて、部署全員揃った。

lこの日もともと予定されてた、来期の会社のなんとか戦略とか
組織変更とかの説明会が予定通り行われた。
社長が加齢いや華麗にパワポを操って30分休みなく喋り続けた説明の
内容はすでに周知済みで、私にとってはいろいろ「萎える」要素が満載
だったから、気が向いたらつっこみいれようかなーとも思ったけど、
社員(2人)の質問に社長が熱く応えているのを見て、ますます萎えて
どうでもよくなってしまった。
この説明会って、今この状況でもやらないといけないものなのかなー。
優先順位を完全に取り違えている。

この日、同じ派遣社員の某さんから、呼びかけのメールが。
事務方部署にいる別の女子社員の実家が放射能の危険にさらされて
いるので、少しでも防げるものを購入して送ろうという内容。
社内の全員宛メールだったので、事務方の確認とったのかな?と
思ったけど、趣旨には賛同したから、お金を拠出。
そのちょっと後、事務方部署から、わけのわからないお見舞いメールが
同じく全員宛で届いた。
「ご家族が被災された方はよければ申し出てください
えー?それこそ一人ひとりに確認することじゃないの?申告制なの?
うちの実家も被災したといえばしたんだけど、報告する気になれない。
ますますピントずれてきてるな、大丈夫か?

仕事上はさほどトラブルもなかったので火曜日もほどほどで帰宅。
帰宅して姉に電話して寝る。

水曜日。
「有志でお見舞い」の声をあげた某さんから話を聞いたら、
事務方のほうから呼び出され「勝手なことすな」と「説得」され、
じゃあ集めたお金をそちらのいいようにしてください、とまるごと
引継ぎしちゃったんだそうだ。

なんだそれ。
自分の中でちょっと整理してみた。

事務方が気にしているのはこんなこと?
-特定の人の関連の被災者だけでなく、広く「関連被災者」の情報を集め、
その人たち全員に最適なお見舞いしたい。
-個人の事情をいきなり全員宛メールで送るのは個人情報保護的に
コンプライアンス違反みたいな。

最初に言い出した某さんがぬかったのはこんなこと?
-事務方に確認とらず、全員宛メールで「会社有志」のお金を募ろうとした
-全社的になると趣旨がかわってくるのに、お金出した人に確認せずに
事務方に移管した

私は某さんの趣旨に賛同したからお金出したのであって、
前2エントリにわたって悪口書き続けている事務方に預ける気は
さらさらない。
お金戻してもらっていいですかー?と、返金をお願いした。
趣旨が違ってきちゃうんで個人としてしかるべき筋で送りますと。
そもそも、会社は会社のお金で義援金を送るもんじゃないの
心ある人から募る「有志」の「見舞金」の対象者のリストを作るのは
事務方の仕事かもしれないけど、募って集金して管理して、
「有志」の見舞いの品の選定したり送ったりをコントロールするのは
違うんじゃない?
社員より派遣社員のほうが多い職場なので、コンプライアンス的に
個人的なことを聞けないと思ってるのかどうかはわからないが、
だれかひとりが各部署回って全員の状況と関係の被災者の有無を
確認してまとめて、対応を周知すればよかったんじゃないの?
指摘したところで、またピントのずれた反応が返ってくるだけだろうしなあ。
事務方、社長はじめ、エライ人ほど非常時に個別事案対応しかできず、
組織的な行動方針を打ち出せない会社。
みんなもっとできる人たちだと思ってたのに。
残念すぎる。
終わりだ。この話題も、あれもこれも。

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大地震発生後の個人的まとめ その2

前記事の続き。

月曜日は3月14日。
1ヶ月前に女性2人の連名(「伊達直人」案も検討)で配ったチョコの
お返しが、各人からやってきて、お菓子に囲まれて仕事していた。
みなさん出勤するだけで大変だったろうに、お気遣いありがとうございます。

お菓子に囲まれて一応定時の間会社にいたのだが、上司が出勤不可だったこともあり、
「出勤できない人がいる場合かわりは誰がやるか」
「節電を考えると、輪番出勤にしなくていいのか」
など、まったく検討することができなかった。
いや、事務方とかえらい人たちは検討してたのかもしれないが、
周知はまったくなし。
事務方からいつものようにピントのずれた「無理して出勤しなくていいです」
というメールくらいはきてたような。でもその「無理」の基準がどこにも書いて
なくて、そこは「自己判断」「上司に相談」という暗黙のルールが
あるらしい。明記してないからわからんが。
じゃなくてー、会社としての基準とか方針とか、示してもらえないわけ?
えらい人たちは今日の社外での打ち合わせや、今週の予定のキャンセルの
電話をかけている
のが聞こえてきた。
あのー、そんなことより自分のいる会社のほうをまず…
そして金曜と同じように、ついったーでは「会社は15時あがり」などという
ツイートが流れているのに、私の職場では「無理しないで(=自己判断で!)」
という曖昧ですらない指示にもならない連絡しか来なかった!
なんかどっと疲れたのでそそくさ帰宅。
とはいっても、30分遅刻したから、定時以降30分働いて、その後帰った。
「気をつけて、無理しないで」といいつつ、後で「じゃあ地震の影響で遅れた
分は時給計算していいですか?」と聞いたら、「それはそれ、これはこれ」
手のひらを返しかねない人たちなのだ。
抗議すると「規定でそうなっているから」とにべもないので、後で足元すくわれ
ないように、事務方の甘言には常に気をつけている。
駅に着いて山手線のホームに行っても電車はなかなか来ないし、すごく込んでそうだし、
あきらめて改札を出て、中野行きバスの座席に座って寝て中野まで。
中野駅は人であふれてたのでそのまま歩いて自宅まで。
くたくた。必死に持ち帰ったお菓子をつまんで、そのまま寝た。

さらに続く。

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より以前の記事一覧