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2008/10/02

並スキルのまま年をとること(卑屈編)

私の場合は25歳でもできちゃう仕事だから、
「並」より下かもしれない。
25歳どころか10代の人にでも、ちゃんと教えれば
できる仕事のはず。
適性によるところが大きい仕事ではあるが、
文系理系はあまり関係なく、コンピュータ操作が苦手な人で
なければ、できるようにはなるだろう。
ちゃんと教育さえすれば。

でも、会社はそんな「誰にでもできる仕事」を
未経験者に教える手間を省きたがる。
小さい会社はしょうがないけど、余力のあるはずの
大きい会社のほうが、なぜかこの手間を面倒がる。
そして、
「教えれば誰にでもできる仕事」の
「教えれば」の部分をスルーして

「誰にでもできる仕事なんだから必要になったら
その都度探せばいいんだ」と考える。
あー、だからその応用編で、
「誰にでもできる仕事だから給料の安い若い人が
いっぱいいるはず」ってことになるのか。
ところが現実はそううまくはいかないので、
結局即戦力を求めて派遣会社に案件が来る
ことになり、私にとってはありがたくもあるんだけど。

また、ある程度大きい会社になってくると、
上記のような「つまらん手間」を省き、
今すぐ手を動かせる人は派遣やバイトや有期雇用で
まかなっておいて、
新卒で入ってきた「優秀な」若者たちに対しては、
「もっと高いレベルの仕事」
を期待して、彼らは既にスキルを身につけているのに、
さらに高度な教育をほどこすのに、けっこうな時間と
手間をかける。
かけないで現場に放り込む会社ももちろんあるが。
確かに私のやってる仕事は、新卒で選ばれて期待されて
教育を受けるような人のやる仕事とは違うが、
それでも手間と時間をかけて覚えないとできないんだけどなー。
自分たちで教える気はまるでないのに、
誰にでもできる仕事扱いすんなっ、上級(笑)エンジニアたちよ。

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