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2008/09/28

13年前の自分の文に10年前につけたコメントについて

「おまえに言われたくないよ」という、
1995年、無職だったときに書いた文に、
さらに1998-1999年になってコメントをつけたものが、
あをなじみのほうにあがっている。

その中の1本に、林真理子が当時「CREA」に書いたエッセイ
「理系男と文系男」につっこみいれているものがある。
そこに自分で入れたコメントが、以下のようなもの。

コメント:林真理子さん、体外受精による妊娠おめでとうございます。 またしても「つらかったけど夫の協力を得てがんばりました」という自己陶酔 入ってる態度と「体外受精にとりくんだ理由は、作家としての好奇心もある」という 正直なコメントがナイスです。 こういう自己愛の人がどんな子育てをするのか楽しみです。

最近知ったのだが、林真理子氏は出産後、出産にまつわる話は
エッセイ1本書いたきりで、その後は育児についても
ほとんど公に語ることはないという。
その1本きりのエッセイ「最初で最後の出産記」を読もうと、
文春文庫「みんな誰かの愛しい女」を購入。

「最初で最後の出産記」では、
子供をほしいと思い、実際妊娠・出産するまでの
気持ちの流れが客観的に書かれており、
私のコメントの中にもある「作家としての好奇心」を発揮しつつ、
子供を産んだ直後の女性にありがちな自己陶酔は微塵も存在せず、
共感はしないまでも、反感は覚えない。
もちろん、他のエッセイも読んでみた。
自慢だからと前置きして自慢話を思いっきり書いたり、自身を
だらしないとか見栄っっぱりとか、露悪的ではなく事実として
リアルに描写している。
やはり、自己陶酔はまったく感じられない、というよりも、
自己陶酔している自分自身をも外からリアルに描写しているのだ。

「理系男と文系男」より数年後の文章だし、対象読者も異なるし、
なんたって読んでる私自身がすっかりおばさんになってるしなー、
としみじみ思ってしまった。

しかし、今でもやはり「理系男と文系男」を読んだら、「何これ」と
思うはずだ。
今、自分の林真理子批判文を読み返すと、
当時のCREA読者はそんなんじゃなかったのに、
林氏がスイーツ(笑)向けに書いてたからムッとしていたことがわかる。
「理系男と文系男」を書いた頃、林氏はまだ、
自分の中のスイーツを完全に相対化できてなかった
んじゃないかなーと推測する。

出産後どんな子育てをしているか、という点は非公開なので
推測するしかないのだが、エッセイを読む限り、林氏は
「自分が一番大事な自分」を認識し、かつ正直に表明しちゃってるから、
逆にその後の子供との関係には問題ないだろうなーと、
ものすごく余計なお世話ながら思った。
自分が一番大事だって思ってることに気づかなかったり、
うすうす気づいてるけどひた隠しにして子供に接する親って
悪質だからねー。

林氏自身は憎めないキャラクターで友達が多く、熱心なファンもいる
というのもわかる気がする。
でも狙っているのが曽野綾子の立ち位置だっていう
私の持論(?)は今もかわらない。
批判した当時は、これじゃ曽野綾子は無理では?と思ったけど、
今はまあ、家族仲良く、仕事も遊びも思う存分してもらって
「庶民的な曽野綾子」になってくださいと言いたくなった。

それにしても、13年前林氏と比較して私がもちあげていた中野翠は、
今はもう見るカゲもないというか、ダメになっちゃった気がする…

余談:内容はともかく、今より13年前の文章のほうが上手な自分に絶望した!

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