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2007/04/18

自分史になってしまった

前項の続き。

もともとは、都内に多くある暗渠とか緑道になってる水路跡を
辿るという趣味を持ったのがはじまり。
かつて川や水路だったところをたどっていくと、
そのそばにはなぜか団地が多いことに気づいた。
跡じゃなくて現役の川だけど、
荻窪団地と阿佐ヶ谷住宅も善福寺川沿いにあるし。
荻窪団地の中には昭和初期の地図で水路だったところが
道になってたりする。
そんなわけで川(跡)や水路歩きをしていたら
自然といろんな団地を目にするようになったというわけ。

あらためて考えてみると、
この暗渠やら水路跡やら、その周辺環境としての団地やらに
興味を持って、自転車やバスや徒歩でうろついたり、
いろいろ調べたりする行為というのは、
自分の中で地元として東京をとらえる作業
なのかもしれないと思った。私にとっては。
工場とパラボラアンテナと鉄塔と鹿島神宮以外には
何もない(これだけあれば充分か)田舎から上京してきて、
最初の10年は都会のシステムに順応するだけで手一杯。
学校とか仕事あるし。
10年くらいして、やっと東京に住んで生活しているという自覚が出て、
これからも東京に住むんだろうなーと思い始めたころに、
「暗渠」とか「団地」とか興味を持つようになった気がする。

私の郷里には団地とか(農業用じゃない)暗渠とか、
ましてや緑道なんてものはほとんどなかったから、
これら興味をもったものというのは、私にとってはとても
「都市らしいもの」なんだろう。

そういえば私、大学は社会学部出身だった(今思い出すなよ)。
専攻は社会心理学だったから社会調査は基礎的なことしか
学ばなかったうえに、もうほとんど忘れてるけど、
「都市」とか「社会」を調査対象としてとらえる素地は
大学でできてたのかもしれない。
いまさらこんなこと書いてると、なんだか大学の先生に
申し訳ない気がしてきた。

ああ単なる自分語りになってしまった。
でも、「なぜこの趣味なのか」ということを考えると、
自分でも意外な理由が見つかって、けっこうおもしろいなー。

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