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2005/05/27

身につけるものなのだ

職場で退職者の使っていたノートPCが隣の席に置いたままになっている。
早いもの勝ちで使えると言われたんだけど、
あんまり使いたいと思わない。
その主な理由は「でかい・重い・無線LANが802.11bしか使えない」などと
機能的なことだが、それ以上にどうも妙にあのPC限っては、
あまり使いたくない気がする。
なんでだろう、と考えてみる。

今までそのPCがどのように使われていたのか、よく知ってるからこそ
自分では使えないんだなー。
質量が私の使っているVAIO TR2/Bの2倍くらいあるのに、前使用者は
毎日のように家に持ち帰っていた。
私のVAIOもそうなんだけど、職場の同僚より家族より長い間、
一番そばに存在するものだったわけだ。
持って帰ってどう使っていたかなんて想像したくないけど。
失礼は承知で言ってしまえば、
なんかいろいろしみこんでそうな気がしちゃうんだよねー、
物理的なものも、そうでないものも。
逆に、どんなに汚れてても、誰が使ったかわかんないPCだと、
私は割と平気で使えてしまう。汚れは掃除すればだいたい落ちるし。
なによりも、どんな風に使われてたか想像できないから。

つまり、古着屋さんで買う古着は着られるけど、知ってる人がずっと着てた服
(作業着とかじゃなくてTシャツとか)を、洗濯したから着てね、と言われても
戸惑ってしまう、みたいな感じ。
確かにパソコンって衣類に似てるなー。特にノートは下着に近い気がするぞ。
パンツとはいわないが。
身につけるもの、なんだな。

こんな感覚、妄想小僧な私だけ?

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